バケモノのクリスマス 25日分

その亡者は足を止めない。眼に写るのは白い闇だけであった。
招かれるように、導かれるようにふらりふらりと洞窟内へ足を踏み入れる。この洞窟内は比較的暖かかった...が、同時に厳津以外の存在もあると証明付ける。
その姿を、顔を、雰囲気を、声を彼はこの2年間片時も忘れることは無かった。

自分を変え、この北海道を捻じ曲げた全ての大本...。

「...やぁ明綱!______今は"究"...だったか?」

「お久しぶり...ですね...。えぇ本当に久しぶりだ...。三田顧問殿...」

彼の闇は未だ晴れることは無い。

「いや〜よくこの二年間北海道を守り抜いてみせたね。正直びっくりしたよ厳津大将」

三田はわざとらしく最後を強調する。年齢としては30近くあるであろう風貌だがその軽快な口ぶりは以前初めて出合った時の家氏と重なるものがあった。
精神が幼いようにも壊れている様にも取れる。

「そいつはどうも」

厳津はそっけない対応を貫き、話を加速させる。少々癇に障ったのか首を傾げ鳴らしながら三田は言葉を繋げた。

「______さて、一体何しにここまで来たんだい?まさか現状報告でもしにきたんじゃないだろう?」

沈黙が場を闊歩する。永劫とも思える時間が二人の間を流れた。

「______どうしてあなたは生きているのですか...?」

「どうして私が生きているだって?そんなのは簡単さ。死んでないからね」

さも当たり前の如く問いを返す。

「なら......何で...何でなんだよ_____。どうしてそいつらと一緒にいるんですかッ!!」

三田を後ろには幾つもの、幾つもの見慣れた悪魔達がいた。二度と目にしたくなかったあの、目の前の人物を殺した筈の元凶である...あの悪魔達が。

「_____だってこの子達は僕の...子供だからね」

「子供...子供...だと...?」

ただただ絶句するしかなかった。

「どういう事...ですか」

「質問が多いなぁ。少しは自分で察せよな?なら分かりやすく言ってあげよう」

一つ間を置き、口角を上げ聞きたくも無い。毒に等しい真実を言い放つ。

「俺がやったんだよ明綱。全部。全部だ、全部俺がやったんだよ。これで満足だろ?」

事実に満足だった。満足で満足で仕方がなかった。
躊躇いなど、戸惑いなどはもうどうでもよかった。
明綱の中の何かが弾けた。

心のどこかでは誰かが否定してくれるのを待っていたのだろう。
こんな事は悪い夢で、まだ俺は眠っているだけなのだと。
きっとまだ雪乃が俺を起こしにきていないだけだ。
目を覚ませば。



覚めたあとも、覚める前も悪夢。進路も退路も塞がれもう目の前には逃れようのない悪夢が厳津の目に焼き付く。
悪夢を晴らすために。
その生贄に己の名前を、その身を差し出し、修羅へと。



足元からピキリと凍りつかせていく。
もう何もかもどうでも良かった。
目の前にいるこの男を、この悪魔を凍りつかせ、砕く事が出来ればもうそれ以外に何もいらなかった。
いらないと心が判断してしまった。

その腕の一振りは全てを凍てつかせた。
その足の一踏みは何もかもを氷り付かせるだろう。

目標奥にいる男一人。だがその前にいくつもの悪魔が立ちふさがり襲い掛かる。

死ね。
死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。


砕き、引きずり回し、叩き、捻り、潰していった。






...おかしい。確かに頭数は減らしていってる筈なのに...。

明綱はふと疑問を覚える。
そんな疑問に三田は解答に近い、言葉を送った。

「どうして、一向に数が減らないのか...そう思ってるんだろう?明綱」

応える義務など無い。
そう判断はしていたが、倒しても倒しても数が減らないばかりか、こちらの体力がどんどん持ってかれる。
そんな状況は避けたかった。


自らが屠った人形達。破壊する方法としては、手足に相当する部分を凍らせ、砕き移動不能にさせてから中枢となる頭部を貫くというのが主であった。

廃品回収へ回されそうな人形を三田は掴み拾い上げる。

「答え合わせといこうじゃないか」

足元まで吹き飛ばされ、ゴミのように撃ち捨てられた人形を持ち上げる。
頭部は通例どおり破壊され、右足も無い。
人間で言えばまず即死とかそんな言葉以前に人であったかどうかすら判別が難しい。
それぐらいの損傷だった。


足元に置かれてる袋に手を突っ込む。
特に何も入ってないかのようなペシャンコであるが、三田は何かを掴んだ。

「こうでもしないと技術が発動しないんだよ。嫌になるね。デメリットってのは」

愚痴を零しながら何かを掴んだのであろう右拳を人形へ近づける。

「仮にだが、デメリットを完璧に消せる技術ってのがあるのなら、それは誇るべき...絶対に確保すべき技術者だろう」

そう言いながら、得た無を人形の心臓部分へ押し当てた。
すると___。

「...k..きわむ...sAま...!!」

どこから声を出しているのか分からなかった。

幻聴なのかもしれなかった。

だが

現に

先ほどスクラップに、殺した筈の人形が。

「なん___だと_____?」

再び生をその身体に侍らせ舞い戻る。
頭部は無い。足も無い。
でも生きてる、いや生き返されてた。

「そんな驚く事はないじゃないか...」

「まさか...その技術は...」

「そう。そのまさかさ。僕の技術はね。命をプレゼントすることが出来るのさ」

三田の手元にあり、息を吹き返した人形が再び、明綱に襲い掛かる。
突撃すると同時に、背中には彼の腕が生えた。
胸を一突きで貫かれる。
生の舞台へと上がった人形はまたすぐに死の奈落へと落ちていく。

「まぁそう何度も生き返せるのかと聞かれればそうでもない。色々試してみたが、どんな物、人であろうと最高2回までが限度だったよ」

「2回...」

明綱は絶望する。これまで倒してきたのは数えるに100体程度。そしてまだ後方に控えているのはざっと見ても100体以上...。
そして復活機能も合わせれば、優に300回以上あと、この人形達を壊さなければ三田の下へ辿り着かない事が判明したからだ。

彼のデメリットはいくつかあるが、その中でも今は疲労が重く圧し掛かる。
上限回数である50回はとっくの昔に過ぎ去っていた。
笑ってしまいそうなほどの目の前の現実。
膝をつく。
しかし本人はまだ前に進もうと折れた膝を引き摺らせる。
出血で初めて自分が跪いてる事に気付く。


厳津明綱の身体は...既に限界を迎えていた。

___ふと、人形達からの攻撃が止んだ。

そして目の前から声が飛んでくる。


「明綱。お前は良くやった方だと思うぜ?もう良いだろう?」

「ふ...ふざけるな...。____俺の終わりは___アンタが決めるんじゃない____!!」

「自分の終わりは自分で決める...か。素晴らしい心意気。まるで僕のようだ」

「_____は?」

肩で息をしながら、三田に言葉を返す。

「どうした?褒めてやったんだよ。私のようだと。流石"究"と言う名を受け継いだだけのことはある」

「俺が...アンタのようだと...!?」

「あぁ。今のその心意気、そして僕に対する執念。よく、よぉく似ている」

厳津は堪らず言い返したいが、もうその気力すら残ってなかった。
そんなときでさえ、耳はよく機能する。眼はよく見えるようになる。
こちらから発する手段が無いとき人は、受け取る方に心血を注いだりするようだ。
三田は言葉を続ける。

「この力...この私の技術はね。神がくれたのだと考えている」

「か.....神....にでも....なっ、なった...つもりか...」

「違うね。そんなに僕はおこがましくは無い。ただ人より少し優れた存在になっただけだよ」

おこがましいのか、謙虚なのか矛盾した発言をする。

「僕はね厳津、今本土の方で起こってる馬鹿げた戦争を止めたいんだよ。どんな事情があったにせよ戦争はダメだ。命がもったいない。僕の使えるかもしれない命がな。




だから…だから僕が管理する。消費も、生産も、これから地極に下り生活する人口も。そのためにはまず...一度全てを滅ぼし、殺し、もう一度、命を与える!プレゼントだ!
北は勿論北海道、南は九州最南端沖縄まで全てを!」

頭のネジが吹っ飛んでいるなどそんな生易しい表現では追いつかない。人類が辿り着いてはいけない思想に彼は一番乗りをしてしまっていた。

「狂...ってやがる...!!」

「鬼に身を落としているような君の姿もどっこいどっこいだと僕は思うけどね」

まだ鬼の方がマシだった。どっこいどっこいではなく、鬼であり続けられるならそうであっていたかった。
こんな歪んだ思想に並べられるぐらいなら。

明綱は、上半身を支えるだけの力も無くなり、遂には跪くような格好となる。あと少しで土下座だ。

「ただ、流石に僕一人では無理なことは承知しているさ。何て言ったって神ではないからね
そこで明綱...君の力はこの地極を征するのに必要だ。僕の元へ来い」

「....ッ...ッ断る!!」

精一杯の返答。声を出すのさえ苦痛になってきた。呼吸の度に通る空気でさえ彼の身体を引き裂く刃物に成り代わる。
見上げる先には不満そうな顔が広がっていた。

ここで一体の人形が音を立てずに三田の方へ近づく。
ぼそろぼそりと何かを耳打ちした。

「ほぅ...どうやら、君以外にも客人がいるようだね明綱。約束を破るとは大将としては頂けないなぁ」

「客...人...?」

薄暗い洞窟内の壁に映像が投射される。
そこに写っていたのは...。

「い...家...氏..!?どうして...どうして、ここに...!?」

轟々と吹雪く中を一歩、また一歩確実に進んでいく家氏の姿がそこにはあった。
途中雪に足を取られたりもするが、また立ち上がり、前に進む。

「彼は家氏君と言うのか。そうかそうか...。仕方がない一旦彼には死んでもらおうかな」

その様子を観察していく中でさも当然の如く殺害予告を口にする三田。
映像を見る眼に曇りはなかった。あって欲しい曇りなど元々何処にも。
嫌な純粋がその場には存在した。

「ま、待て...待つんだ...」

顔を上げ、厳津は制止を要求する
顔中に汗をかき、それはそれは辛そうな雰囲気であった。

「僕は一体何を待てば良いんだい?」

「あ、あいつは...あいつは関係ない___はずだ...!」

「関係があるなしじゃないんだ。彼はここに、この島に来てしまったそれだけでもう問題しか彼には無いんだ。残念だね」

頑なに厳津の方は見ず、映像をただ見つめてた彼は同情を吐き捨てる。
そんな三田の下へまたもや人形が詰め寄る。今までの奴の中では珍しいはっきり区別がつく女性型のようだ。

「ねぇ〜...パパ、あいつを殺すのなら私がしたいんだけどぉ...」

猫なで声とも言うべき甘い声が洞窟内に響く。

「ん?そうかい...本来は別の子にやらせようとしたんだけどねぇ」

「そう言わずにさぁ〜。ねぇ〜え良いでしょ?パパが考えてるのより残酷に、惨たらしく、ぐちゃぐちゃにして殺すからさ!」

この女性型がここまで執着するにはある理由があった。自らが率いる多数の配下人形達を家氏に多く撃墜され、足止めを食らった事。
尚且つ、パートナーである男性型...冒頭で腕を切られていた彼の捕縛についても間接的ではあるが、彼が関与していることはまた事実であった。
故に殺したがる。いや殺さなければ彼女の気は済まなかったのだ。

「ん〜...別に構いはしないが...僕の考えに口答えはあまり関心しないなぁ」

了承した口ぶりをしながら、笑顔で彼女の腹に手刀を刺し込む。
開いた先からは血液なのかオイルなのか分からない液体がどぼりどぼりを滴り落ちてた。

「...え?」

女性型はゆっくりと下を確認し呟く。

「なん...で...?」

奇しくもそれは目の前で見ていた厳津も同様の反応であった。
三田が口を開く。

「僕の思い通りにならない命はね。いらないんだよ。だけど君にはまたチャンスをプレゼントしよう。頑張ってね」

まるで商店街のくじ引きで一番カスのポケットティッシュを引き当てた際に送られる言葉。
命である以上絶対に次は無いはずなのに、この男はその言葉を言える。
"頑張ってね"とはある意味拷問にも等しい言葉であった。

「..っあ..えッ..うっ...ガァ...」

腹を押さえ蹲る。
その状態を横目で見ながら、三田はスクラップになった人形達を数十体ほど持ってくる。
殆どが手足、胴体などに欠損を抱えていた。
そして何かを組み立て始める。

「おい...」

「なんだい?」

「何で...殺したんだ?」

「殺した?違うね。新しい命を得るために必要だったことをしたまでさ、殺したなんてとても」

「...ッでも!あいつは...今のそいつは...お前を親と慕ってたんだろ!?それを...まるでゴミのように...!!狂ってやがる...」

「____それがどうした?」

言い終わると同時に組みあがるそれは、なんと形容すれば正しいのか判別不能だった。
そのままの見た目で表すなら、胴体を幾つも繋ぎ合わされて製作されたのであろう巨大な顎に蜘蛛の様な手足が付き、口内には先ほど殺された女性型が下半身を切断され、上半身を繋ぎ止められていた。
例えるなら魔獣。
空想上などでよく耳にするキマイラがその場にあった。
口内に腕を差込み、女性型の心臓付近に先ほど同じよう命を"植えつける"。
くたりとしていた手足は己の役目を果たさんが如く活力を得、口内に隠れているようになった女性型はまたその笑みを浮かべる事となった。
ガチリガチリを顎を鳴らし、雄たけびを発しながら。洞窟内から飛び出す。

「あぁ...アレが正しい命の使い方だよ...厳津。素晴らしいだろう?」

一仕事を終え、その場にあった岩に腰掛ける。

「何が正しいんだ...何が...何が命使い方だよ...あんなのただの...化物じゃないか...」

「ああやって僕が手心を加えた命はね、思うが侭に動かせる...いや使用する事が出来るのさ。僕は何れこの地極内全ての者に僕の思いやりを加えてやろうと思ってる」

洞窟内の天井を見つめながら唐突に歪曲な夢を語った。

「所で厳津?あの若者を救いたいのかい?家氏君を」

今殺しに向う奴を作成し、発進させたうでの発言である。

「当たり前だ...アイツには...何も...関係は...!!」

「ふぅむ...助けてやらないことも無いぞ?君が僕と共に来るのだったら」

「...何...?」

突然の選択肢に厳津は困窮する。
家氏の命を救うか、この地極全土の殺戮に加担するのを止めるか。

事情を知らぬものなら真っ先に家氏を切るだろう。だが彼は戦友しかも派遣兵にしてはとても珍しく厳津とも交友関係が確立されている。
しばし彼は黙り込んだ。
正直脳内がパンクしそうになっていたのだ。

「正直なところ、私はあまり君に手を加えたくないんだ。出来ることならそのままでいて欲しい」

「命の使い方は...どうした...」

「だから君も弄くらないで僕の思想に共感してくれればそれだけなんだ。君が殺し、僕が救う。そして、人の全ては私が決める...素晴らしい事だろう?」

「...ッ!!」

最早返す言葉すらなかった。
返したって届きゃしない。

「さぁ、どうする?」

「まだ...考えてる...もう少し...」

「時間稼ぎをしようというのなら無駄だよ?もう少しで着いてしまうしね」

厳津は時間稼ぎをしたかった。せめて技術を行使するだけの体力、1,2回でも構わない...。
だが彼には時間が足りなかった。同時に体力も。
消費しきった物は取り返すことは出来ないのだ。

「ふぅむ___じゃあ大負けに負けよう。雪乃は元気か?」

「ッ!!?」

突然の朱田の名に声を発ずとも反応する。

「彼女も助けよう。いや、そのままにしておこう。どうだ?これでもまだ断るかい?」

あまりの情報量の多さに遂に彼の脳からは考えが溢れた。
コップに並々と注がれたのが一気に零れたのだ。

思考が追いつけない。
思い描く未来が絶望に上塗りされていく。
ここでの肯定こそが全ての救いに思えた。
考えること自体が全て無駄に思えてしまった。

いつの間にか彼は呼吸する事さえやめている。
答えを出したくないと考えていたらいつの間にか喉を自力で絞めていた。

久々の空気は洞窟内で湿っぽい。

吸い込みはしたが、答えが吐き出せない。

「分かったよ。残念だ。彼には死んでもらおう」

その様子を三田は一瞥すると、同時に今まで移っていた映像の中に先ほどの異形の存在が満を持しての登場を果たす。
誰もが望まない銀幕デビューだ。

出演者は元女性型人形...現在は合成人形とも言うべき何か、そして...

「おいおいおい...なんだこいつはぁ...!!」

手にはおもちゃの様な戦車を持つ一人の技術者だった。


雪原に突如粉雪が舞い上がる。横殴りの雪に下から突き上げる変化が生まれた。
その所為か洞窟内の映像は乱れ、砂嵐ならぬ雪嵐が巻き起こる。

「...まぁ、せめてもの配慮だ。死ぬ瞬間は見せないようにしてやろう」

発言と共に、映像を切り声には出さぬが、厳津に選択を迫るような眼差しを向けた。
肝心の厳津は...。

「家氏...すまない...ッ」

逃れられぬ諦めに身を囚われてた。






銀幕デビューを果たした彼は、主演女優と濃厚な戦闘を繰り広げていた。
...いや少し訂正しよう。
逃げ回っていた。

「う、うわぁあ!!」

顎が迫りかかる。比喩表現ではなく現実として。
積もる雪原をその牙で掘り返しながら、家氏を噛み砕かんとする。

「あは!あははは!!逃げちゃだめだよぉおお!!」

「なんだなんだこいつ!!」

間一髪のところで避ける、だがいずれ限度が来るものだ。
一度防衛に成功してるとはいえ慣れはしない雪原。
今までのSANTAとは比べ物にならないレベルの化物。
正直、最初の一撃で家氏が屠されなかったのが奇跡ともいうべきなのだ。

「こいつでも...食らいやがれッ!」

袋から投げ出したるは技術具である玩具の戦車。
足止めには持って来いだが、結局は足止め止まり。
うっとおしい砲撃の雨の中その顎は突き進む。

奇跡はなんども続くはすがない。何故なら二度も奇跡など起きるはずがないのだ。
遂に牙が家氏を捕捉する。
雪に足を取られ体勢が崩れたところに大きく、大きくがっぷりと開かれた顎が彼を巻き込む。
降りかかる粉雪、牙で削り続けた雪雹と共に。
「っく...ぐぅうう!!!」

「へははへへへ!!つっかまえたぁぁあ!!!」

目と鼻の先には顎内部に備え付けられた女SANTA。
妖艶な体つきであるのが逆に口内にあるのがミスマッチを加速させる。
より、化物具合を累加した。

右腕を掴まれる。動けない。

「どこにいくきぃい?やっと捕まえたのぉぉ!!おとおさまあの...おとおさまのためにアンタハころすのぉお!!!」

「...ぐぐ!ここまで..なのか...!!」

彼は死をイメージする。
顎でぐしゃぐしゃに噛み砕かれる死を。
...しかし数十秒経っても死が届かない。

彼は巻き込まれると同時に、噛み砕かれると思ったがまだ死が届かない。届いていない。
ふと背中に何か硬い物を感じる。
狭っ苦しい口内の上を見上げた。
見れば牙が壁に突き刺さってるのが確認できる。
下も同様だ。

よくよく思い返してみれば、家氏がこの化物を遭遇した際、彼はまだ市外地の方にいた。
これからどうやって厳津の足跡を辿ろうか悩んでいたところだ。

「ってことは...この壁は...」

何か建物。その答えに達するにはあまりにも容易かった。
化物は家氏のことしか見えておらず振り下ろせない、振り上げる事が出来ない牙にただただ憤慨した。

「なんでぇ?何!?なにこれ?なにをしたぁぁ!!」

「こ、こいつ!周りが見えてないのか!」

しかし気付いたところで状況が打開出来るわけがない。
しばらくしたらこの牙も即座に自分に突き立てられるのだろう。
依然として掴まれた右腕は外す事が出来ない。

家氏は非情ながら正しい選択をする。

「...ちっくしょう!!」

袋に手を突っ込み戦車を引きずり出すとそのまま砲身を目の前の尖った怒りに向ける。
放たれる砲弾は技術具である戦車の質量エネルギー。
この技術具の一番のメリットはわざわざ戦車を作らなくても取り出すだけで使用可能となる即効性であった。
今回も存分に生かされる。

1発目は顔面に、もう2発目は己を繋ぎ止めている原因となる敵の左腕、吹き飛ばした際多少の破片が右腕に突き刺さるが、噛み砕かれるかもしれないことを考えたら明らかに安い手傷だった。
口内は顔面を狙撃した際の煙幕で篭る。
手ごたえを感じつつ、脱出を家氏は図った。
ほぼ真後ろへ左腕を構える。手には勿論先ほどの技術具、取り回しはいいが連続して撃てるのは5回ほどなのが難点である。

3発ほどの砲撃を背後の壁にぶち込み、肘鉄、更に後ろ蹴りで壁を破ろうとする。

「っくぁぁああ!!!!」

木製家屋で助かったが、やはりどうしても人一人に力で壁を壊すというのは至難の技であり、ほぼ力技、それも出血を伴う。
ベリベリと壁を引っぺがし左手を朱に染めながら、建物内へ転がり込む。
人は既に居ないのか、それとも元々居なかったのかは不明だが、気配はない。
ただ前方に巨大な牙が己が原因で脆くなった壁を噛み砕く瞬間が目に取れた。
あと数刻でも遅れていたらと考えると...右腕と左掌がかすり傷にすら劣るような錯覚を受ける。

彼は行動する。

建物が崩れ去る前にドアを内側から蹴破ると出迎えてくれたのは吹雪。
白雪を血で汚しながら、先ほどの場所を確認した。

「...化物め...」

ぐるると鳴き声を牙の間から漏らし、数多の足で雪原をしっかりと踏み込む文字通り化物がそこにはいた。
家氏が撒き散らした血が口から垂れており余計に恐怖感が増す。

「...チャンスは1度か...」

先ほどの口内から彼は一筋の光を掴む。
それは内部からの一撃は利くのではないか、だ。
ただそれをやるには袋すべての技術具を消失せねばならなかった。
もしそれで倒せれば御の字だが、次の攻め手を失う。
仮に倒せなければ、この傷で逃げ切るのも不可能な事は承知済みなので待ち受けるは死。

どちらにせよ辛い。このままではミイラ取りがミイラになってしまうのは火を見るよりも明らかであり、正確であった。

故に彼は、家氏は。

「一か八か...やるしかない」

賭けた。ミイラになるかもしれない選択肢に、いつも冷酷で無慈悲な結果しかよこさない現実に喧嘩を売った。

彼が化物に向って初めて駆ける。
周りは見えていないが、殆ど動物のような反射速度で化物は、彼女は家氏に牙を剥いた。
大きく口を開き中からは血眼の女サンタ目掛けて袋を叩き込む。中には残存する4個の玩具の戦車、彼唯一の技術具。

すれ違うように避ける。いくらか避けきれない部分があり足から出血もしたが、当初の目的を彼は果たした。
女サンタは突如投げ入れられた望まないプレゼントを吐き出そうとしたが。

「爆ぜろッ!!」

袋内の戦車達は己が役目を果たすべく四方八方に向けて砲弾を撃ち放つ。
掛け声と同時に口内から光が滲出する。刹那送れて、火を噴出した。
身体の至る箇所から壊れた噴水のように火を吹き出す。
辺り一帯を明るくさせながら化物は沈黙した。

「はぁ...はぁ...」

肩で息をし、横たわる化物へ近づく。
しゃがみこみ、様子を確認した。

「...う...うあ...い、いた....い」

声が、声がした。
明らかに悲鳴ではなく、後悔の意味を含むような声が。
上顎と下顎を押し開ける。
まるで、最初から別々のパーツのようにぱっかりと開くことが出来た。

中には先ほどとは打って変わり、全身から血ではなく赤いオイルを吹き出した下半身のない女性が突っ伏す。
やらねばやられる状況なのは事実であり彼の行動は何一つ間違っていなかった。
だが、こうも自分が原因でこのような姿に成り果てた者を見るのは心が締め付けられる。
謝罪ではない。しかし、何かに詫びなければならない。
そんな心境だった。

「大将は...大将は何処だ」

答えが返ってこないと知りつつも彼は問いを投げかける。

耳にくるのはうめき声ばかり。
彼はもう少し自分の心を痛めつける行為をする。

「...悪いが...こちらも時間がないんだ...」

腰のポーチからミニ四駆のタイヤを4つ取り出す。4つ全ての片面に接着剤を塗りつけ牙に貼った。
動くはずのないその巨体がまた鞭打たれ、動き出す。
女性の背中には砲門が発生する。
これは戦車化した際に避けられない宿命のようなものだ。

「...もうちょっと出来る場所考えろよ...」

彼は初めて自分の技術に愚痴を吐く。
命令を、その戦車に発す。

「大将の...厳津大将の所へ連れて行け」

指揮下へと掌握された化物改め戦車は家氏を乗せ、吹きすさぶ雪の中その拙い足を我武者羅に動かした。
途中何本か足が抜ける。しかし止まる事はない。

道中呟くように女性は、家氏に語りかける。それは家氏を生みの親の三田と勘違いしておるものであり、彼の夢が如何に素晴らしいか、まるで父親に褒められたい一心の女の子のように彼女は三田の夢の大まかな内容を家氏に語った。
何か思い出すなぁと考えていたら、該当するのがあの車内での雪乃との会話であった。

「...今日は本当についてないなぁ...」

そんな囁きは雪風と共に流されていく。








あの死闘から約15分が経過した。


ガションガションと音が洞窟の外から響く。同時に厳津に絶望の情景を浮かべさせた。


「意外に遅かったね。僕は5分もしないうちに飛んで帰ってくると思ってたが15分もかかるとは」

まだ15分しか経ってないのかと厳津は震動する。彼の体内時計の感覚ではもう半日は通り過ごしていたのだ。
感覚が完全に狂っている。意識と共に脳まで心中したような気分だった。
寒さでピークに達したのか視界までぼやけてくる。

計らずとも二人は洞窟から外に通ずる場所を見た。表情としては1人は諦め、もう一人は余裕。対照的だった。

這いずりながら下半身のない女SANTAが登場する。

「お...おとぉお...さまぁ...」

三田に改造された顎と百足のような足を持つ身体からは千切れ、全身から血のようなオイルで洞窟内を汚していく。
そんな彼女からの問いに三田は何も答えない。

何故なら女SANTAの後ろに人影があっけらかんとだが確認出来たからだ。

そのまま三田の表情は余裕から苦虫を噛み潰した顔へ変化する。


現れたるは先ほどこの女SANTAを差し向けた人物。1度は死が確定した男。何の因果があるのかは知らぬがこの択捉島へ辿り着いてしまった男の姿がそこにはあった。

「...誰だね君は」

「まずはその子を出迎えてやる事が先じゃないのか」

女SANTAを指摘する。

「あぁ...今はそんなことはどうだっていいんだぁ...君は誰だ...どうしてここに居る?....君は何だ」

小さく舌打ちを眼前の謎の男は放つ。三田を見つめる眼光がより鋭く、殺意を増していく。

「知りたきゃ教えてやるよ。俺は...

俺は、兵庫県軍技術者組第四班班長兼北海道派遣軍播磨隊隊長!家氏陽斗だ!!」

洞窟内に叫びが木霊するSANTA達が一斉に飛びかかろうとするが三田が制止した。

「家氏君...君はどうしてわざわざこんな択捉島にまで来たのかね?余りにも利益が少ないと思うんだけどな」

「利益...?そんなもん知るか。俺は厳津大将を迎えに来たんだ。待っている人もいるしな。だがまずそれよりも...あんたに言いたい事がある」


「ふむ。なんだい?」

「目的というか。大体あんたがやろうとしてる事はその子から聞いた...ってか勝手に吐いてくれた。何しようとしてんだよあんた」

「...はぁ?目的を聞いたのならもう察しは付いている筈だろ?」

察し。簡単な察し。察するという行為は人間が会得し発展させていった所謂意識の外側に位置する部分。
家氏の意識はどんどんとどんどんと冷静さを獲得していく。

「察しか。あぁよく分かった。嘘偽りのないものだとよく分かったよ」

冷静であった。冷静な冷たい氷のような殺意。烈火ではなく対象を氷結させるような。

「...正直、この北海道に来てお前達と戦闘を始める際に何でここの人たちは改まって"SANTA"なんて分かりにくい名称を付けるのか理解できなかったよ」

でも今ははっきり言える。はっきりと分かる。

「...アンタも、あいつらもサンタなんかじゃねぇ...サタンだ。魔王なんだ...」


「ふむ...それで君はどうしたいのかな?出来れば君もあまり手を加えたくはないのだけど」

「手を...加えるか、ッハ弄くるの間違いだろ?命をさ。...あ、そうだ。俺が死んだ日を教えてやろうか?」

改まったかのように家氏は話し出す。

「あの日は今でも思い出す。なんたって俺の誕生日がその日だったんだからなぁ。...1月の17日。あの震災の日に俺は死んでた。

寝てる間にばったりとな。

そのことを知ったのはこっちに来てからさ」

地面を指差し、地極であることを示す。

「俺はその時に確信した。死は仕方がないことだって。誰にだって、必ず絶対に訪れるからな。でもな...その仕方のない死をあんたが引き起こして良いはずがないんだ。これからアンタがやろうとしてることは人災だ。天災なら、まだ諦めは付く。予測も出来ないし、自然ってのは簡単に人間の理屈を超えてくるからな。
でも今行おうとしているそれは止められる。

止めなきゃならない...!

これが俺の答えだ。三田究!!」


彼の答えが洞窟内に残響を残した。その誓いはある人物の耳へと届く。

「厳津大将!いつまで寝てるつもりですか!?俺に帰り担がせる気なんですか!?」

「..どこぞの誰かがさ...無駄に長い向上をべらべらとくっちゃべってる間に...1回ぐらいは技術に回せそうだ...1回までな」

「十分ですよ大将」

お互いに目線で合図を送る。一人は肩で息を付き、もう一人は半身血まみれだ。
だが、互いにその目は死んでいなかった。

「素晴らしい...素晴らしいよ君たち。その精神!その執念!...ああぁあ!!なおさらだ!なお更僕の計画に欲しい。皆が皆そうであったらこの地極はもっとよくなる。もっと私が手を加える余地が出来る!!」

指を鳴らし一斉に残りのSANTA達が二人に襲い掛かる。

「大将!頭下げてください!!!」

「え!?」

「良いから!」

言われるがままに頭部を先ほどの状態と同じく下げる。眼前には猛然と迫るSANTAたち。

「ここまで残しておいた取っておきだ!取っておきな!!」

左手で何かスイッチを押すような動作をする。
その数秒後彼らの背後、洞窟の外から巨大な火の玉がSANTAを襲来した。
灼熱が洞窟内を占領する。当然SANTAたちはマトモに当たったのは蒸発、そうでなくとも戦闘不能に陥っていた。

「な、何を!?」

「もう俺は容赦しませんよ!こいつは俺が乗ってた船を戦車に改造したもんです!もう退路切る覚悟ですよそりゃあもう!!」

口調が若干変わる。不敵な笑みを浮かべつつその目はまっすぐ三田を睨んでいる。

「まぁ...本丸は落とし損ねましたけどね...」

爆炎の彼方には倒すべき、止めるべき男が佇んでいた。

「道は開きましたよ大将あとは...ご自分の手で...」

己の仕事は果たしたと口には出さないが一歩引いた家氏。
煉獄の中を一人の男が突き進んだ。

そして並び立つ。

「大きくなったな」

「アレからもう2年経ちましたからね」

「...もう1度聞こう。共に来る気はないかね?」

「      三田さん...もう良いんだ。
         
         もう貰いすぎた。
        今度は俺が返す番だ。

         これで最後にしよう。

        俺に"究"の名は必要ない。

         俺は...厳津明綱だ。

                           」

微妙な空気が硝煙と共に流れる。
轟々と洞窟内に燃え盛る音が反響する中刹那に事は終わった。


三田が袋へ手を突っ込もうとするその瞬間に心臓を厳津がその手を凍らせ心臓を一突きする。

ずるりと突き手を引き抜き、三田はその場へと、へたり込む。

「ククク...ハアァ...厳津?思想というのは死なないぞ?たとえ私が死んだとしてもな。この地極の何処かで...ウグッまた私のような技術者が生まれるかも...ウウッしれないッ...!きっと同じことを考えるだろうッ!クククブ...アハハハハハ!!!
ハァッ...ッウ...仮にだ...。もしお前が私の技術を持っていたとしたら、どうする?」

血反吐を吐きながら明綱を見上げる形となる三田、皮肉にもさっきとは逆の光景であった。

「俺は...俺はあなたじゃない。明綱としての解答を出すよ。
俺はもう一人じゃない。
こんな吹雪の中、探しにきてくれる奴がいる。待っててくれる奴がいるんだ...。
そいつらのためにも俺は負けられない。もう迷いはしない。
なんたって俺は北海道軍総大将、厳津明綱だから」

言い切る。余韻を残す形でも何か含みのある言い方もしない。大将らしく凛とした気勢で言い切った。

その答えに満足したのかは分からない。だが三田は

「____っふ。...先に地獄で見物しておこう...」

何処か満たされたかのような表情を浮かべた。
そんな彼に何かが近づく。


「お...おとぉおさまぁ...」

「おやおや...まだいたのかい?」

「おとおさまぁ...血...いっぱい出てる...痛くない?」

「大丈夫さ...ただお父さん少し眠くなっちゃったかな」

「あたぁしもいっしょにねぇる...おとおぉさまと...」

「さぁ..ねんねしようねぇ...」

一度は己の都合でその命を奪い、命を作り変え、やっとの思いで瀕死の彼女を三田は見捨てた。しかし彼女には三田しか救いが無かったのだ。彼しか愛す事を知らなかった。

お互いにそれはそれは満足のいく表情でおねんねをしていた。
明綱はそのまま二人を氷付けにする。ずっと溶けない様に、離れないように...。

最後の体力を使い果たしたのか倒れこみそうになるが

「大将...結局俺に担がせるんですね...まったく体格差ありまくりだっていうのに...」

「すまんな...」

「...あ、あ、あ、明綱大将は、もっとご自分を大切にしてください!俺がこなかったらどうするつもりだったんですか!?」

「それを言うならこっちもだ。お前なんで択捉島なんかに来たんだよ。誰にも言ってないはずなんだけどなぁ?」

「うぐぐ...そ、それは___」

言葉に詰まる家氏。

「はっはっは!まぁお互い様ってことさ。...助けに来てくれてありがとな家氏...」

「俺は明綱大将を迎えに来ただけですよ。それにあなたには待ってる人がいるんだ。泣かせる位のことをしてるんですからちゃんと責任とってあげないとダメですからね?」

「???」

よく話が分かっていない厳津であった。

「____これで...戦争は終わりますかねぇ」

「...分からない。だが、あそこにいたSANTAは全て破壊した。もう彼らからの襲撃は無いはずだ。製造する人間も俺が殺した」

「そう...ですね。じゃあ終わりますか」

「終わるだろう。お前ら派遣兵だって帰れるぞ?よかったな?」

「...自分はここに残ろうかと思います」

「何故だ?兵庫に帰らなくても良いのか?」

「確かに兵庫においていく仲間の事も気がかりですが...こちらの方がどうも俺の性分に合ってるようです」

「なら、お前を北海道軍の一員として迎え入ればな、来る物拒ずだ」

「ありがたいです」

そんな話をしながら二人は家氏がぶっぱなした所為で今にも沈没しそうな船で根室海峡を渡る。

知床岬には吹雪の中立ちすくむ一人の女性の姿が見えた。
確認するや否や

「大将!ちょっと隠れて」

「え?え?」

「良いから!」

オンボロ舟は船体を港へぶつけながら入港する。

「...遅かったじゃないか家氏ィ〜?随分と激しい雪遊びだったんだなぁァ〜???詳しい事は車内でじっくり問いただしてやるから覚悟しとけよ?」

「あ、あ、しゅ、朱田殿!」

「何だ」

先に車内に戻ろうとする朱田。不届き者の言葉に耳を傾け振り返るとそこには

「...よ、よう雪乃...ただいま...?」

自分ひとりだけ置いていく夢を先ほどまで彼女は見ていた。降雪で隠れているが泣きはらした後もある。

「...え?」

よたりよたりと厳津の方へ歩き寄りかかる。本物の厳津かどうか確かめるように抱きしめた。

「何が...何がただいまよ...こんな...こんなボロボロになって...」

「わ、悪い。全部...終わらしてきたよ。SANTAのことも...三田顧問のことも...」

なんと無しだが事情を彼女は察する。しかし耐え切る事が出来なくて泣き出してしまった。

「ぅぅう〜...おかえりなさい...二人とも」

「「ただいま」」

馬鹿者と待つ者と迎えに行く者。その3人のみが終戦を確信していた。

一人の男の決着は、因縁は、呪いは、狂は今ここに晴れたのだ。





<<エピローグ>>


それから3日後のこと、各地域の派遣兵に終戦の事実が伝えられる。
各地はやっと故郷に帰れると歓喜に沸いていた。
当然家氏たち播磨隊も例外ではない。

「やったな家氏!これで帰れるぞ!」

「頑張った甲斐ってもんがあったぜ〜!」

「誰一人死傷者が出てないってこれ誇ってもいいよな?良いよな?!!?」

俺は怪我めっちゃしてるんですけど、と突っ込みたかったがそれは野暮である事は百も承知のことであった。
彼は切り出す。

「あ〜...そのことでなんだが、ちょっと良いか?」

「...?」

各隊員たち素っ頓狂な顔で家氏を見上げる。

「俺は...俺はこの北海道に残ることにした」

驚きの声が上がる中一人が頷いていた。それは1番最初のSANTAとの戦で生き別れをした隊員だった。

「残るのか」

「あぁ。まだやることが見つかってない。とりあえずは兵庫と北海道の橋渡しになれるよう努力するよ」

「...分かった。長には上手く言っとくよ」

「恩にきるぜ」

「その代わり今度上手い北海道土産ちゃんと送れよ?」

各方面からあ、俺も!俺も欲しいです隊長!!と声が響いた。

「分かった分かった!約束は守ろう!なぁに!とびっきりの美味いもんを送ってやる!だから内地の戦なんかで死ぬんじゃねぇーぞ?」

「「「「「「了解!!」」」」」」


楽しい送迎会となった。





それから北海道の方で大きな戦があったとの話は出ていない。ただ...大柄な北海道軍長の横には、慎ましくも影から支えるような印象を与える女性と、関西弁を使う青年の補佐が会見の場などでよく見かけるようになった...。



流さんたちスズラン荘の住人が地極に到着する3ヶ月前の出来事であった。







スズラン大戦争 北海道編 完